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東京地方裁判所 昭和62年(行ウ)66号 判決 1988年12月14日

原告

甲野太郎

被告

麹町税務署長

中山君雄

右指定代理人

林菜つみ

外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六一年三月三日付けでした原告の昭和五七年分及び昭和五八年分の各所得税の更正並びに昭和五九年分の所得税の更正及び過少申告加算税の賦課決定の各処分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五七年分ないし同五九年分(以下「本件係争年分」という。)の各所得税につき、別表一記載のとおり確定申告したところ、被告は、昭和六一年三月三日付けで原告に対し同記載のとおり更正(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)をした(以下両処分を併せて「本件各処分」という。)。

2  原告は、別表一記載のとおり昭和六一年四月三〇日国税不服審判所長に対し本件各処分に対する審査請求をしたが、同所長は、昭和六二年二月二七日右審査請求を棄却する裁決をした。

3  しかしながら、本件各更正処分は、原告の所得を過大に認定した違法がある。

4  本件賦課決定は、本件各更正処分を前提とし、かつ、原告には国税通則法六五条四項に定める正当な理由があったにもかかわらずされたものであるから、違法である。

5  よって、原告は、本件各処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3、4は争う。

三  被告の主張(本件各処分の根拠及び適法性)

原告の本件係争年分の事業所得の金額及び給与所得の金額の計算明細は、別表二記載のとおりである。同表における各項目別の内訳は、次のとおりである。

1  「事業所得の金額」について

(一) 「確定申告額」について(別表二区分1)

この金額は、原告が本件係争年分の確定申告書に記載した事業所得の金額である。

(二) 「顧問料収入の総収入金額算入」について(別表二区分2)

(1) 原告は、別表三の「支払者」欄記載の者(以下「本件顧問先」という。)から、顧問料として、同表の「金額」欄記載の金額(以下「本件顧問料」という。)を受領した。

(2) 原告は、本件顧問料を本件係争年分の給与所得の収入金額に算入して、確定申告した。

(3) 給与所得(所得税法二八条一項)とは、雇用契約又はこれに類似する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受け取る給付をいい、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものである。一方、事業所得(同法二七条一項、同法施行令六三条)とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいうが、本件顧問料は、次の理由により、それぞれ本件係争年分の事業所得の総収入金額に算入すべきものである。

① 原告は、東京都千代田区<住所省略>に自己の法律事務所を有し、本件係争年分当時継続して弁護士業を営んでいた。

② 原告と本件顧問先との間の顧問契約(以下「本件顧問契約」という。)は、いずれも口頭でなされ、その契約において原告の負担する義務は、法律相談に応じて意見を述べることであり、本来の弁護士業務と全く異なるところがない内容である。

③ 本件顧問契約は、いわゆる雇用契約のように勤務時間、勤務場所等について格別の条件が付されたものではないから、本件顧問先に専従する等原告を拘束するものではない。また、そのことは、常時数個の顧問契約が存在することから明らかである。

④ 本件顧問契約の具体的内容及びその履行の態様は、本件顧問先が随時質問してくる法律問題について、依頼の都度原告の事務所で原告の執務時間内に、多くは電話により、時には原告の事務所を訪れた本件顧問先担当者に対して口頭で法律相談に応ずるというものである。

⑤ 本件顧問先は、本件顧問契約が、給与所得を生ずる雇用契約又はこれに類する契約のように原告を拘束するものではないと認識している。したがって、原告に対して勤勉手当、扶養手当、夏期手当、年末手当等を一切支払わないし、また、本件顧問料に係る所得税の源泉徴収に当たっても、健康保険法、厚生年金保険法等による保険料の控除をせず、弁護士業務に関する報酬又は料金(所得税法二〇四条一項二号)として所得税を源泉徴収している。

(4) このため、被告は、本件顧問料の金額を、それぞれ原告の本件係争年分の確定申告に係る事業所得の金額に加算した。

(三) 「旅費交通費の必要経費算入否認」について(別表二区分3)

(1) 原告は、別表四の「支払者」欄記載の者から、日当として、同表「金額」欄記載の金額(以下「本件日当」という。)を受領した。

(2) 原告は、本件日当を本件係争年分の事業所得の総収入金額に算入するとともに、本件日当に相当する金額を旅費交通費として本件係争年分の必要経費にも算入して事業所得の金額を算出し、本件係争年分の確定申告をした。

(3) しかしながら、弁護士として事件受任の時に取り決めた報酬とは別に依頼者から受け取る日当は、弁護士が依頼者のために本来の業務を行う自己の事務所所在地を離れた出張先でその業務を行う必要上あらかじめ旅費、宿泊費に含まれていない出張中の少額の諸雑費に支出されることが予定されているので、その実費の弁償と認められる限りにおいて右日当が一面必要経費としての性質を有するものというべきであるが、他面、交通機関により比較的長距離を往復せねばならないこと、相当長期にわたり自己の事務所を離れて当該事件のために拘束されること等に対する対価、つまり、報酬としての性質をも有するものと解される。したがって、給与所得者が、その本来勤務する場所を離れて勤務するために旅行した場合にその雇用主から支給される金品のように、現行所得税法上その旅行について必要とされる範囲において非課税所得とされる規定(同法九条一項四号)の存在しない以上は、事業所得者である弁護士の受ける右日当は、それが同法二七条二項の「総収入金額」に該当しないとはいえないばかりでなく、出張等の事実が存する限りにおいて使途が明らかな旅費、宿泊費のようにその金額を当然事業所得計算上必要経費と認定することも許されない。すなわち、ある支出が必要経費の額に算入されるためには、客観的にみて、それが業務と直接関係があり、かつ、当該業務の遂行上必要な支出でなければならず、右支出行為は、事業所得者の行う業務の一態様にほかならないから、必要経費の支出が事業所得を生ずるべき事業にかかる資産、負債及び資本に影響を及ぼす一切の取引(同法施行規則五七条)に該当しなければならないのである。しかるに、原告は、本件日当をもって支弁する金銭の支払先、タクシー会社等への支払は同法施行規則五七条の取引に該当しないので、その支出の記帳義務がないとして、本件日当がことごとく費消されたと述べるにとどまり、本件日当をもって支弁した各費用ごとの具体的支払先、支払年月日、支払金額を明確にせず、被告所部の係官が原告の帳簿書類を調査したところ、本件日当に相当する金額の具体的支払先、支払内容、支払年月日、支払金額等を窺うに足りる帳簿上の記載もなく、資料等の提示も全くなかった。

(4) このため、被告は、原告が本件日当に相当する金額を支出したこと自体も確認することができず、原告の主張する右支出が原告の弁護士業務と直接関係を持ち、かつ、当該業務の遂行上必要な支出であったかどうかは全く不明なのであるから、原告主張の支出の事実はなかったものと認め、本件日当に相当する金額の必要経費算入を否認したことに伴い、本件日当の本件係争年分ごとの合計額を原告の本件係争年分の確定申告に係る事業所得の金額に加算したものである。

2  「給与所得の金額」について(別表二区分5ないし7)

(一) 原告は、本件顧問料を本件係争年分の給与所得の収入金額に算入して確定申告した。

(二) しかしながら、本件顧問料は、事業所得の総収入金額に算入すべきものである。

(三) このため、被告は、原告の確定申告に係る本件係争年分の給与所得の収入金額から本件顧問料の額に相当する金額を減算して本件係争年分の給与所得の金額を計算した。この結果、本件係争年分の給与所得の金額は、いずれも零円となる。

3  「総所得金額」について(別表二区分8及び9)

以上のとおりであるから、原告の本件係争年分の総所得金額又は純損失の金額は、次のとおりである。

(一) 原告の昭和五七年分の純損失の金額は、事業所得の金額の計算上生じた損失の金額二六九万一四八八円となり、したがって、翌年へ繰り越す純損失の金額も、二六九万一四八八円である。

(二) 原告の昭和五八年分については、前年から繰り越された純損失の控除前の総所得金額は、事業所得金額二七八万七八八八円のみであり、また、前年から繰り越された純損失の金額は二六九万一四八八円であるから、これを控除すると、原告の昭和五八年分の総所得金額は九万六四〇〇円である。

(三) 原告の昭和五九年分については、事業所得の金額八九〇万九八九七円のみであるから、原告の昭和五九年分の総所得金額は、八九〇万九八九七円である。

(四) 以上述べたとおり、被告が本訴で主張する原告の本件係争年分の総所得金額又は純損失の金額は、いずれも本件各更正処分に係る当該各年分の金額と同額であるから、本件各更正処分は適法である。

4  被告が、昭和六一年三月三日付けでした原告の昭和五九年分の所得税の更正処分により納付すべき税額(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨て)に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した過少申告加算税は二万円であって、これと同額の過少申告加算税を賦課した本件賦課処分は適法である。

四  被告の主張に対する認否及び反論

1(一)  被告の主張1(一)の事実は認める。

(二)(1)  同1(二)(1)の事実は認める。

(2) 同1(二)(2)の事実は認める。

(3) 同1(二)(3)本文は争う。

① 同1(二)(3)①の事実は認める。

② 同1(二)(3)②の事実中、本件顧問契約はいずれも口頭でなされ、右契約における原告の負担する義務は法律相談に応じて意見を述べることであることは認め、右が本来の弁護士業務と全く異なるところがない内容であることは否認する。

③ 同1(二)(3)③の事実中、本件顧問契約には、勤務時間、勤務場所等について格別の条件が付されたものではないこと、本件顧問先に原告が専従するという拘束を受けるものではないことは認め、いわゆる雇用契約は勤務時間、勤務場所等について格別の条件が付されていることは否認する。

④ 同1(二)(3)④の事実中、本件顧問先が随時質問してくる法律問題について、依頼の都度原告の事務所で原告の執務時間内に、多くは電話により、時には原告の事務所を訪れた本件顧問先担当者に対し口頭で法律相談に応ずるということもあったことは認め、本件顧問契約の具体的内容及びその履行の態様がそのようなものであったことは否認する。

⑤ 同1(二)(3)⑤の事実中、本件顧問先が原告に対して勤勉手当、扶養手当、夏期手当、年末手当等を一切支払わず、また、本件顧問料に係る所得税の源泉徴収に当たっても、健康保険法、厚生年金保険法等による保険料の控除をしていないことは認め、本件顧問先が、本件顧問契約が給与所得を生ずる雇用契約又はこれに類似する契約のように原告を拘束するものではないと認識していたことは否認する。

(三)  被告の主張1(三)(1)、(2)の事実は認める。

(四)  同1(三)(3)、(4)の事実は否認し、主張は争う。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)  同2(二)、(三)の事実は否認し、主張は争う。

3  同3は争う。

4  同4は争う。

五  原告の主張

1  本件顧問料について

本件顧問料に係る所得は、次のとおり、給与所得に該当するから、これを事業所得と認定した本件各処分には、所得の種類を誤って認定した違法がある。

顧問契約による顧問料収入は、俸給、給料、賃金、歳費、年金、恩給及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得である(所得税法二八条)。即ち、受給者と給与支払者との間に一定の法律関係(契約)が給与の支払以前に存在し、これに基づいて、定時定額の給与が支払われる固定給与である。これに反し、弁護士が一般の法律事務として法律相談に応ずる場合は、相談に応ずると否とは弁護士の自由であり、相談に応ずる場合の報酬もその都度決められるのであって定額ではない。顧問弁護士が顧問契約に基づき法律相談に応ずるには、時間、場所の特定を要しないのであるから、常勤者の雇用契約のように勤務時間、勤務場所等についての格別の条件が顧問契約に付されていないことは、顧問契約を顧用契約とみることに支障を来すものではない。本件顧問契約の具体的内容及びその履行の態様は、顧問先はいかなる方法、態様であっても質問ができ、顧問が回答し、その相談の目的が達成されるというものであるが、契約の目的が実現する限り、その態様いかんにより労務に対する報酬の性質に異動を生ずるものではなく、原告が本件顧問先から受けた本件顧問料は、その支払を受ける時期及び金額があらかじめ一定しているいわゆる固定給である。

2  本件日当について

被告が、原告が本件日当を支払った事実が認められないことを理由に本件日当全額を事業所得として課税したのは、以下の理由で法律に基づかない課税であり、憲法二九条、三〇条、八四条に違反するものである。

(一) 所得税法九条一項四号は、「その旅行について通常必要であると認められるもの」は所得税を課さない旨を規定しており、出張に通常必要であると認められる本件日当についても、現実に支出すると否とを問わず課税すべきではない。

(二) 所得金額の立証責任は、その所得の存在を主張する被告(行政庁)側にあるものと解すべきであるから、原告が日当を支出した事実を否認するためには、被告は、支出の必要がなかったものであることの事由を主張し、かつ立証することを要し、納税者たる原告が支出の事実を立証する必要はないというべきである。

(三) 被告は、出張の事実が認められることを前提に汽車賃、宿泊料を必要経費として認めているのであるから、本件日当を支払った事実は、出張の事実が認められることにより当然認められるというべきである。

(四) 原告は、以下の理由で、本件日当の具体的な支出内容を主張立証し、その証拠書類を提示する義務はないので、証拠書類を被告に提示しなかったことを理由に、本件日当を支払った事実を認めないということはできないというべきである。

(1) 日当をもって支弁する金銭の支払、国有鉄道、ホテル、タクシー会社への支払は、所得税法施行規則五七条一項の「資産、負債及び資本に影響を及ぼす一切の取引」に該当しないので、その支出の記張義務はない。

(2) 所得税法一四八条一項、同法施行規則五六条一項は、青色申告者の帳簿書類の備え付け義務について規定するが、同項但し書きは、大蔵大臣の定める簡易な記録の方法及び記載事項によることができる旨を定めている。そして、昭和四二年八月三一日大蔵省告示第一一二号(以下「大蔵省告示」という。)には、所得税法施行規則五六条二項、五八条一項及び六一条一項の規定に基づき、これらの規定する記録の方法及び記載事項、取引に関する記載事項及び科目を次のように定めるとし、その別表一、事業所得の部(イ)一般の部(一)現金出納等に関する事項の第一欄備考及び第二欄備考には、いずれも少額な取引については日々の合計金額のみを一括記載することができるとしている。原告が一回の出張の日当を一括記載したのは、裁判所への出廷の日当を一括記載したものである。大蔵省告示も、少額の支出を一括記入することを予定している。

3  法律解釈についての意見の相違は、国税通則法六五条四項の正当な理由になるところ、原告は、本件顧問料、本件日当につき所得税課税上被告と法律解釈を異にするのであるから、過少申告加算税を賦課する理由がない。

六  原告の主張に対する被告の反論

1  一括記載について

青色申告書の帳簿書類の記録については、大蔵省告示により、三通りの具体的記録の方法が定められている。

(一) その一は、所得税法施行規則五六条の規定によるもので、同条を受けて、同施行規則五八条及び五九条は、青色申告者はすべての取引について仕訳帳及び総勘定元帳その他必要な帳簿を備え、仕訳帳には、取引の発生順に取引年月日、内容、勘定料目及び金額を、総勘定元帳には、その勘定ごとに、記載の年月日、相手方の勘定科目及び金額を、それぞれ記載しなければならないと規定し、勘定科目ごとの具体的記載方法は大蔵省告示別表第一の一(事業所得の部)(イ)(一般の部)の第一欄によることとされている。右の場合、例えば「現金出納等に関する事項」の記載事項は、「現金取引の年月日、事由、出納先及び金額並びに日々の残高」とするとされているが、その備考欄で「少額な取引については、その科目ごとに、日々の合計金額のみを一括記載することができる。」旨が規定されている。したがって、備考欄に該当する取引についての一括記載は許されるが、その場合であっても、帳簿書類の整理保存を定めた同施行規則六三条の適用を受けるのであるから、同条に定める整理保存すべき帳簿書類(本件日当の場合、本件日当から支弁した事実を記録した帳簿書類及び相手方から受け取った領収証その他これに準ずる書類)は当然保存しなければならない義務を負うのである。

(二) その二は同施行規則五六条一項但し書きの規定による簡易な記録の方法及び記載方法である。同施行規則五六条一項は、「青色申告者は、不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき業務につき備え付ける帳簿書類については、次条から六四条までに定めるところによらなければならない。ただし、当該帳簿書類については、次条から五九条まで、六一条及び六四条の規定に定めるところに代えて、大蔵大臣の定める簡易な記録の方法及び記載事項によることができる。」と規定し、右簡易な記録の方法及び記載事項は、大蔵省告示別表第一の一の(イ)の第二欄の定めるところにより、整然と、かつ明瞭に記録しなければならないこととされている。右の場合、例えば「現金出納等に関する記載事項」は第一欄に同じであるが、備考欄で「少額な取引又は保存している伝票、領収書等によりその内容を確認できる取引については、現金売上、雑収入及びその他の入金並びに現金仕入、仕入以外の費用及びその他の出金に区分して、それぞれ日々の合計金額のみを一括記載することができる。」と規定されている。しかし、右の場合であっても、本条但し書きに同施行規則六三条が掲げられていないことから明らかなように、前記と同様整理保存すべき帳簿書類は当然に保存しなければならない義務を負うのである。

(その三は小規模事業者を対象とするもので、原告には該当しないので省略する。)

(三) 以上の規定から明らかなとおり、原告が本件日当を少額な取引に該当するとして大蔵省告示別表第一の一の(イ)の第一欄備考欄又は同第二欄備考欄の規定に基づき一括記載するというのであれば、本件日当をもって支弁する金銭についての領収書その他これらに準ずる書類により、その支出年月日、支出先、支出金額等日当の支出内容が具体的に確認できる状態にしたうえで一括記載をしなければならないところ、原告は、本件日当につきその支出の記帳義務がないとしてその具体的記録を提示しなかったばかりか、領収書等の提示もしなかったのであるから、「一括記載」に該当しないことは明らかである。

2  支出記帳義務について

(一) 所得税法は、不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき業務を行う青色申告者に対して、各種の特例を認める一方、右業務につき帳簿書類を備え付けてこれに不動産所得の金額、事業所得の金額及び山林所得に係る取引を記録し、かつ当該帳簿書類を保存する義務を負わせている(同法一四八条)。

そして、同法施行規則五七条一項は、右取引の記録について、不動産所得を生ずべき不動産所得の貸付け、事業所得を生ずべき事業、山林所得を生ずべき業務のそれぞれに係る資産、負債及び資本に影響を及ぼす一切の取引を正規の簿記の原則に従い、整然と、かつ、明瞭に記録しなければならない旨を規定している。

(二) そこで、本件日当をもって支弁する金銭の支払先、タクシー会社等への支払が右取引に該当するかどうかについて判断すると、原告が依頼者から受け取った本件日当は、同法二七条二項の事業所得の「総収入金額」に該当するのは明らかであり、本件日当をもって支弁する金銭の支払先、タクシー会社等への支払が、事業所得の総収入金額たる本件日当の額から控除すべき必要経費に当たるとすれば(本件の場合、原告の主張する右支出が原告の弁護士業務と直接関係をもち、かつ、当該業務の遂行上必要な支出であったかどうかは全く不明なのであるから、右支出の額を必要経費の額に算入することは認められない。)本件日当の額から右支払の額を控除した金額が本件日当に係る事業所得となり、また右支払をすることにより資産(現金)が減少するのであるから、右支払は、事業所得の金額に係る取引及び事業所得を生ずべき事業に係る、資産、負債及び資本に影響を及ぼす取引に該当することは明らかである。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実は、当事者間に争いがないので、本件各処分の適法性について検討する。

二顧問料の事業所得の総収入金額算入について

被告の主張1(一)(別表二の「確定申告額」の項目記載の金額は、原告が本件係争年分の確定申告書に記載した事業所得の金額であること)、同1(二)(1)(原告は、本件顧問先から本件顧問料を受領したこと)、同1(二)(2)(原告は、本件顧問料を本件係争年分の給与所得の収入金額に算入して確定申告したこと)の各事実は、当事者間に争いがない。

ところで、一般に、事業所得(所得税法二七条一項、同法施行令六三条)とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいい、これに対して、給与所得(同法二八条一項)とは、雇用契約又はこれに類似する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受け取る給付をいうものであり、給与所得については、とりわけ、給与支給者との関係において、何らかの場所的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかを基準に判断すべきであると解される。

そこで、本件顧問料の性格を検討するに、原告は、東京都千代田区<住所省略>に自己の法律事務所を有し、本件係争年当時、継続して弁護士業を営んでいたこと、本件顧問契約は、いずれも口頭でなされ、その契約における原告の負担する義務は、法律相談に応じて意見を述べるというものであること、本件顧問契約は、勤務時間、勤務場所等について格別の条件が付されたものではなく、本件顧問先に専従する等原告を拘束するものではないこと、本件顧問契約の具体的な履行の態様としては、本件顧問先が随時質問してくる法律問題について、その都度原告の事務所で原告の執務時間内に、多くは電話により、時には原告の事務所を訪れた顧問先担当者に対して口頭で法律相談に応ずるということもあったこと、本件顧問先は、原告に対して勤勉手当、扶養手当、夏期手当、年末手当等を支払わず、また、本件顧問料に係る所得税の源泉徴収に当たっても、健康保険法、厚生年金保険法等による保険料の控除をしていないこと、以上の事実は、当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、本件顧問先が随時質問してくる法律問題について、その都度原告の事務所で原告の執務時間内に、多くは電話により、時には原告の事務所を訪れた本件顧問先担当者に対し口頭で法律相談に応ずるというのが、本件顧問契約のすべての具体的内容及びその履行の態様であると認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によれば、原告は、本件顧問契約により顧問先に常時専従する等、格別の支配、拘束を受けていないことは明らかであり、本件顧問契約に基づき原告が行う業務は、原告が自己の計算と危険において独立して継続的に営む弁護士業務の一態様にすぎないものというべきであり、前記の判断基準に照らせば、右業務に基づいて生じた本件顧問料による収入は、所得税法上、給与所得ではなく、事業所得の総収入金額に算入すべきものと認めるのが相当である。

そうすると、被告が、本件顧問料収入を、原告の本件係争年分の事業所得の総収入金額に算入すべきものと認定したのは正当であり、これに反する原告の主張は採用することができない。

三旅費交通費の必要経費算入否認について

被告の主張1(三)(1)(原告が、別表四の「支払者」欄記載の者から本件日当を受領したこと)、同1(三)(2)(原告は、本件日当を本件係争各年分の事業所得の総収入金額に算入するとともに、本件日当に相当する金額を旅費交通費として本件係争年分の必要経費にも算入して事業所得の金額を算出し、本件係争年分の確定申告をしたこと)の各事実は、当事者間に争いがない。

ところで、事件受任の際に取り決めた報酬とは別に依頼者から受け取る日当は、弁護士が本来の業務を行う自己の事務所所在地を離れた出張先で依頼者のために業務を行う必要上あらかじめ旅費、宿泊費に含まれていない出張中の少額の諸雑費に支出することを予定して受領したものであると解されるから、その実費の弁償と認められる限りにおいて、必要経費としての性質を有するものというべきであるが、それだけでなく、交通機関により比較的長距離を往復しなければならないこと、ある程度の期間自己の事務所を離れて当該事件のために拘束されること等に対する対価、つまり、報酬としての性質をも有するものというべきである。したがって、給与所得者がその本来勤務する場所を離れて勤務するために旅行した場合にその雇用主から支給される金品のように、現行所得税法上その旅行について必要とされる範囲において非課税所得とされる規定(同法九条一項四号)の存在しない以上、事業所得者である弁護士の受ける右日当は、それが同法二七条二項の「総収入金額」に含まれないということができないばかりでなく、出張等の事実が存する限りにおいて使途が明らかな旅費、宿泊費のように、その金額を事業所得の計算上当然必要経費と認定することも許されないというべきである(これに反する原告の主張は、採用することができない。)。

ところで、ある支出が必要経費の額に算入されるためには、客観的にみて、それが業務と直接関係があり、かつ、当該業務の遂行上必要な支出でなければならず、右支出行為は、事業所得者の行う業務の一態様にほかならないから、必要経費の支出は、事業所得を生ずべき事業に係る資産、負債及び資本に影響を及ぼす一切の取引(同法施行規則五七条)に該当するというべきところ、必要経費の有無については、原則として、課税庁が必要経費の不存在について立証する責任を負うと解すべきであるが、必要経費の支出は被課税者が行う行為であって、その内容は自らの行動として当然熟知しているものであり、これに関する証拠も被課税者が保持しているものであるから、必要経費が存在すると主張する原告たる被課税者が、必要経費がないという被告課税庁の主張を単に争うだけで、必要経費として支出した金額、支払年月日、支払先、支払った内容について一切具体的に特定して主張しないときは、公平の観点から事実上必要経費は存在しないものと推定するのが相当であるといわなければならない。これを本件についてみるに、本件日当は、前記のとおり「事業所得に係る総収入金額」(同法二七条二項)に含まれるところ、原告は、本件日当をもって支弁した各費用ごとの具体的支払先、支払年月日、支払金額について一切主張しないのであるから、本件日当分については「必要経費」(同条項)はなかったものと推定するのが相当である。

なお、原告は、本件日当は、税法上非課税である旨を主張するが、本件日当は給与所得者に対して支払われたものではないから、原告の主張は失当である。

また、原告は、本件日当の具体的な支出内容を主張立証せず、その証拠書類を提示しない根拠として、大蔵省告示は、少額な取引については日々の合計金額を一括記入することができるとしており、日当をもって支弁する金銭の支払は所得税法施行規則五七条一項の「取引」に該当しないので、その支出の記帳義務はない旨を主張する。

確かに、青色申告者の帳簿書類の記録については、大蔵省告示別表第一の一(事業所得の部)(イ)(一般の部)の第一欄備考欄及び同第二欄備考欄の規定により、一定の場合には少額な取引について一括記載をすることが許されるものと解されるが、しかしながら、その場合でも、帳簿書類の整理保存を定めた同施行規則六三条の適用を受け、同条に定める帳簿書類(本件日当の場合、本件日当から支弁した事実を記録した帳簿書類及び相手方から受け取った領収書その他これに準ずる書類)は当然これを整理保存しなければならないものというべきであるから、右各備考欄の規定に基づき一括記載をすることができるからといって、原告において本件日当の具体的支出内容を主張立証せず、また、証拠書類を提出しないことが許されることにはならないものというべきである。なお、必要経費の支出が所得税法施行規則五七条一項の「取引」に当たるものであることは、前記のとおりであるから、日当をもって支弁する金銭の支出が右「取引」に当たらないものということはできない。

以上によれば、原告の主張はいずれも理由がないから、被告が本件日当に相当する金額の本件係争各年分ごとの合計額を原告の本件係争各年分の確定申告に係る事業所得の金額に加算したのは、適法である。

四給与所得の金額について

原告は、本件顧問料をそれぞれ本件係争年分の給与所得の収入金額に算入して確定申告したが、本件顧問料は、前記のとおり、事業所得の総収入金額に算入すべきものであるから、原告の確定申告に係る本件係争年分の給与所得の収入金額から本件顧問料の額に相当する金額を減算して本件係争年分の給与所得の金額を計算すれば、本件係争年分の給与所得の金額は、別表二のとおりいずれも零円となる。

五総所得金額について

以上によれば、原告の本件係争年分の総所得金額又は純損失の金額は次のとおりとなる。

(一)  原告の昭和五七年分の純損失の金額は、事業所得の金額の計算上生じた損失の金額二六九万一四八八円となり、したがって、翌年へ繰り越す純損失の金額も、二六九万一四八八円である。

(二)  原告の昭和五八年分については、前年から繰り越された純損失の控除前の総所得金額は、事業所得金額二七八万七八八八円のみであり、また、前年から繰り越された純損失の金額は二六九万一四八八円であるから、これを控除すると、原告の昭和五八年分の総所得金額は九万六四〇〇円である。

(三)  原告の昭和五九年分については、事業所得の金額八九〇万九八九七円のみであるから、原告の昭和五九年分の総所得金額は、八九〇万九八九七円である。

(四)  以上認定したとおり、原告の本件係争年分の総所得金額又は純損失の金額は、いずれも本件各更正処分に係る当該各年分の金額と同額であるから、本件各更正処分は適法である。

別表一本件課税処分の経緯

昭和57年分(単位 円)

区分

年月日

純損失の金額

内訳

還付金の額に

相当する金額

過少申告

加算税

事業所得

給与所得

繰越純損失額

確定申告

58.3.14

3,364,147

△4,198,147

834,000

645,614

更正

61.3.3

2,691,488

△2,691,488

0

645,614

審査請求

61.4.30

3,364,147

△4,198,147

834,000

645,614

裁決

62.2.27

棄却

昭和58年分

(単位 円)

区分

年月日

総所得金額

内訳

還付金の額に

相当する金額

過少申告

加算税

事業所得

給与所得

繰越純損失額

確定申告

59.3.14

0

1,707,896

781,200

2,489,096

434,312

更正

61.3.3

96,400

2,787,888

0

2,691,488

434,312

審査請求

61.4.30

0

1,707,896

781,200

2,489,096

434,312

裁決

62.2.27

棄却

昭和59年分

(単位 円)

区分

年月日

総所得金額

内訳

申告

納税額

過少申告

加算税

事業所得

給与所得

繰越純損失額

確定申告

60.3.14

7,588,846

7,849,905

613,992

875,051

1,122,300

更正賦課決定

61.3.3

8,909,897

8,909,897

0

1,525,900

20,000

審査請求

61.4.30

7,588,846

7,849,905

613,992

875,051

1,122,300

0

裁決

62.2.27

棄却

別表二

区分

項目

金額(円)

昭和五七年分

昭和五八年分

昭和五九年分

事業所得の金額

1

確定申告額

△四、一九八、一四七

一、七〇七、八九六

七、八四九、九〇五

加算

2

顧問料収入の

総収入金額算入

一、一二六、六五九

一、〇三九、九九二

九一九、九九二

3

旅費交通費の

必要経費算入否認

三八〇、〇〇〇

四〇、〇〇〇

一四〇、〇〇〇

4

事業所得の金額

(更正額)

△二、六九一、四八八

二、七八七、八八八

八、九〇九、八九七

給与所得金額

5

確定申告額

八三四、〇〇〇

七八一、二〇〇

六一三、九九二

減算

6

顧問料収入の

収入金額算入否認

一、一二六、六五九

一、〇三九、九九二

九一九、九九二

7

給与所得の金額

(更正額)

総所得金額

減算

8

純損失の繰越控除

二、六九一、四八八

9

純損失の金額又は

総所得金額

△二、六九一、四八八

九六、四〇〇

八、九〇九、八九七

備考

10

翌年度以降の

繰越純損失

二、六九一、四八八

別表三

顧問料

支払者

金額(円)

昭和五七年分

昭和五八年分

昭和五九年分

ブリジストンタイヤ東京販売株式会社

二四〇、〇〇〇

一二〇、〇〇〇

株式会社千疋屋総本店

二六六、六六四

二六六、六六四

二六六、六六四

株式会社菅谷

一三三、三三二

一三三、三三二

一三三、三三二

株式会社鎌倉書房

一二〇、〇〇〇

一二〇、〇〇〇

一二〇、〇〇〇

日本ファーネス工業株式会社

三六六、六六三

三九九、九九六

三九九、九九六

合計

一、一二六、六五九

一、〇三九、九九二

九一九、九九二

別表四

旅費のうちの日当

支払者

増田勝治

金子多恵子

岡田幸二

日本ファーネス

工業株式会社

合計

金額(円)

昭和五七年分

二四〇、〇〇〇

四〇、〇〇〇

一〇〇、〇〇〇

三八〇、〇〇〇

昭和五八年分

四〇、〇〇〇

四〇、〇〇〇

昭和五九年分

一四〇、〇〇〇

一四〇、〇〇〇

六本件賦課決定について

原告は、法律解釈についての意見の相違は、国税通則法六五条四項の正当な理由になるところ、原告は、顧問料、日当につき所得税課税上被告と法律解釈を異にするのであるから、昭和五九年分の所得税について過少申告加算税を賦課する理由がない旨を主張するが、右は、結局、原告が独自の解釈に基づき法律解釈を誤ったものにすぎず、国税通則法六五条四項の正当な理由があると認められる場合に該当しないことは明らかである。

そうすると、原告は、別表一の昭和五九年分の更正の税額と確定申告の税額との差額につき、国税通則法六五条一項、一一八条三項により算出される過少申告加算税二万円を納付すべき義務があるから、これと同額の過少申告加算税を賦課決定した本件賦課決定は適法である。

七よって、本件各処分はいずれも適法であり、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宍戸達德 裁判官北澤晶 裁判官生野考司)

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